睡眠不足のリーダーは職場の人間関係を悪化させる
睡眠の科学的な研究が進む一方で、ビジネスパーソンの睡眠時間は短縮傾向にあるようです。米国の調査では、1985年から2012年にかけて、1日に6時間以上の睡眠を取っていない人は、7ポイント増加しています(22%⇒29%)。
この6時間という基準は、睡眠のリズムからみて大半の人が「熟睡するために必要な最低限の時間」です。さらにCCL(Center for Creative Leadership)の調査では、ビジネスリーダーの42%は、1日の睡眠が6時間以下という報告が出ています。
クリストファー・M・バーンズ博士(ワシントン大学フォスタービジネススクール教授)らの研究によると、睡眠不足のリーダーは職場の人間関係を悪化させることがわかりました。睡眠不足が感情の認知や管理を困難にし、部下に暴言を吐く可能性が高くなるそうです。
睡眠不足やそれによって積み重なった疲労によって、自制心を失うばかりか創造性も低下するとされています。さらにこれらは個人に及ぶダメージにとどまらず、広く従業員の職場経験や成果の障害につながります。
インターネット新聞『ハフィントンポスト』創設者のアリアナ・ハフィントンは、かねてから自身が経験した過重労働と睡眠不足による失敗経験から、睡眠の重要性を説いています。そして最近では、あのアマゾンドットコムの創業者、ジェフ・ベゾス氏も同じような主張をしています。
最早これらは個人の考え方や価値観によると理解するべきではありません。トップリーダーたちのリアルな経験が背景にあることは事実でしょうが、それらが明確に科学に裏付けられた結果です。

”睡眠時間を削って上げた成果”を自慢しない
基本的に8時間の睡眠は、持続可能なパオ―マンスを担保するために必須と考えるべきでしょう。
しかし現実問題として、8時間の睡眠を安定的に確保することは、忙しいビジネスパーソンにとって容易ではないでしょう。
正直なところ私自身も、せめて7時間は寝ようと思っているのですが、ぎりぎり6時間をキープできるか否か、というのがウイークデイの平均的な状況です。
前述のバーンズ博士は、理想と現実の狭間にあるリーダーの言葉にも注意を促しています。
仕事が山場にさしかかり、深夜までかかって何とか仕上げたとしましょう。翌朝、武勇伝のように「朝、5時までかかったよ~」などと、職場で話したことはないでしょうか。
忙しいなかでがんばっていることへの無意識の承認を欲するためか、「このところ3時間くらいしか寝てないよ」なんていう言葉を、どこかで聞いたことはないでしょうか。
このような”deprioritize sleep”(睡眠の軽視)が、知らず知らずのうちに従業員の習慣となり、暗黙裡に悪しき職場規範を形成していきます。
さらなる注意点も、バーンズ博士の研究では指摘されています。それは仕事に対する倫理観に及ぶ悪影響です。
”眠らないリーダー”は職場の倫理を低下させる
休息を軽視するリーダーが率いる組織では。該当しない管理職のいる組織と比べて、部下の職業倫理が低下する可能性が高いと評価されています。これは過去にも同じような研究報告があるとのこと。
睡眠不足からくる自制心の欠如は、封雑化する情勢において以前にもましてリスク要因となっているようです。
たとえすぐに十分な睡眠を確保できなくても、それが本来は望ましくないことだという自覚を持つこと。これはリーダーが睡眠の課題に対処するうえで、いちばんハードルの低いアクションになるでしょう。
さらにその上で、いかに自分にできることを見つけ出すか、それを続けるかが重要になります。実は見つけ出すこと自体は、特に難しくないと思います。良い睡眠をとるためのティップスは、既に多方面で紹介されているからです。
バーンズ博士は具体例として、次のようなことを挙げています。
・就寝時間と起床時間を一定にする
・就寝前の時間に特定の物質を摂取しない(カフェインは7時間以内、アルコールは3時間以内)
・運動習慣(ただし寝る前にはしない)
・リラクゼーションやマインドフルネス瞑想
睡眠のために「すること」よりも「する理由」を掘り下げる
しかしこれらは、理解はできても実行するのは難しい、ましてや続けることはさらに難しいと感じるビジネスリーダーが、少なくないのではないでしょうか。そこで睡眠を改善したいリーダーが自分に問うべきは、「何をするか」ではなく「なぜ、するか」です。
「何を」を決めれば、しばらくは実行する人が何割かいるでしょう。もちろん決めただけで実行しない人も何割かいるでしょうが。そして一般的にみれば、実行していたことが続かなくなり、習慣化には至らない人が多いですよね。
これはモラルライセンシング効果と呼ばれる心理的な働きで、「いいこと」をすると気が緩み、「昨日は寝る前に酒を飲まなかったら、きょうは晩酌しよう」といったように、自分に良くない行動のライセンスを発行してしまうのです。
一方で「なぜ、するか」という理由を思い出すと、モラルライセンシングが働かないという研究報告があります(参考:香港科学技術大学とシカゴ大学の研究 ※『スタンフォードの自分を変える教師』ケリー・マグゴニガル著 大和書房)
「なぜ」を通して、良くない行動への抑止力が働くからです。
これはコーチングを学んでいる人にとっても大事なヒントになります。睡眠にかぎらず生活習慣の改善をテーマに挙げる相手に対して、「何を」を問うて「どのように」を問い、「やってみます」という意志を引き出し、二週間後に何も変わっていない。そんな経験をしたことのある人もいるのでは。
きょうはあと1時間だけネットフリックスを開いて…という誘惑に襲われたとき、睡眠にコミットする「なぜ」を自分に問いかけてみます。
倫理観にあふれた職場をつくるため。
職場のメンバーをエナジャイズできるリーダーであるため。
チームのwell-beingを最高の状態にするため。
こうした「なぜ」に対する答えは、あなたが試みている「何を」にはない、その行動に込められた意味をリマインドします。
それによって今日、今これからしようとしていること=誘惑に乗った行動の解釈が変わってくるのです。
あなたは自分の睡眠をどのように変えたいですか。
試せそうなことは何でしょう。
そして・・・。なぜ、それが大事ですか。
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参考:Harvard Business Review 2018年9-10月号