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奇跡のバーディーを生んだ「停止する力」

全米オープン、松山英樹選手は残念だったけれど、
ジャスティン・トーマス選手のプレーにも賛辞を贈りたいです。

カップ横に停止したボール、誰もがそう思った12秒後にボールが動いてカップイン。

ゴルフのルールでは、
「不当に遅れることなくボールに歩み寄る時間に加え、球が止まっているかどうかを確かめるためにさらに10秒、待つことができる」・・・とされているそう。

米国のサイトGOLF.comが「究極の待機」と絶賛したトーマス選手の落ち着き。

ゴルフはメンタルの競技とよく言われますが、
彼の「停止する力」が、それを物語っていると思った瞬間でした。

なぜ会社を変えようとする人が”カルト化〟してしまうのか

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「会社を変えよう」という志をもつ人々が、
なかなか変わらない組織のなかで〝カルト化〟していく。

こうして組織変革が頓挫する様を
『学習する組織』(ピーター・センゲ著 英治出版)のなかで、
著者のピーター・センゲ氏は指摘しています。
(〝カルト化〟は、ここでの私の表現です)

志も行動力もある変革推進者のリーダーシップが、
なぜ機能しなくなるのか。
やもするとそれは、
「古い体質を背負った会社が悪い」――ということになります。

しかしビル・トルバート氏(ハーバード大学元教授、組織開発の大家で
ピーター・センゲ氏の先輩にあたる)が提唱する
リーダーの発達段階ごとの行動論理によれば、
そこには周囲の変容を促すに至っていない
変革推進者自身の課題が横たわっています。

ごくごく簡単に説明すると、
大きな変容を志向する人は価値観や行動基準など
あらゆることを再定義していきます。

ですから職場の平均的な人々からみると、
変革推進者というのは、
理解しにくい〝変わった人〟に映ります。
そして変革推進者が少数ながらチーム化して力を得ると、
その存在は周囲にとって安全な世界を犯そうとする
特異な集団として、距離を置かれるようになっていきます。
職場と相いれない「再定義型リーダーシップチーム」は、
けっきょく組織全体を変革に導くことはできないのです。

トルバート氏は「再定義型」のリーダーが進む次の段階を、
「変容者型」と説明しています。

両者のちがいは非常に大きいことが、
トルバート氏のセミナーに参加して非常によくわかりました。

「再定義型」が変革を自明として自らの視点に立っている
(言い換えれば既存の構造の外に出ている)のに対し、
「変容者型」は対立する人々の視点を取り込み、重ね合わせ、
相互に影響を及ぼし合えるような関係性を築きます。

U理論を提唱するオットー・シャーマー氏がトルバート氏から学んだのも、
このあたりから、よくわかる人にはわかりますよね(笑)。

再定義の行動論理を乗り越えてこそ、
ようやく変革推進者たちはカルト化の危機を脱するのです。

ちなみに氏が説く7つの「行動論理」は次のとおりです。

========================================

機会獲得型―自己に有利な機会を見出し、結果のために手段を問わず行動する

外交官型―周囲の状況・既存の秩序に合わせて調和を重んじて行動する

専門家型―自己の論理・効率を重視し完璧を目指して行動する

達成者型―目標を掲げ、効果を得るのために他者を巻き込んで行動する

再定義型―戦略・手段・意図の一貫性を問いながら独創的に行動する

変容者型―相互性と自律性を好み、時宜を得て発達を促しながら行動する

アルケミスト型―意図を察知し直観的・タイムリーに他者の変容を促しながら行動する

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あらためて、リーダーが自らを客観視することの大切さ、
その難しさを感じます。

一つ前のブログでもふれましたが、
トルバート氏は長年の研究から
「発達段階の進んだ行動論理をもつリーダーほどフィードバックを受け入れる」

ことも明らかにしています。

人の成長や組織の変革を促そうと思ったら、
まずリーダー自らが学び、成長しなければならない――

一般論としては当たり前のように繰り返し言われることを、
いかに具体的な論拠とノウハウをもって実践していくか。

ここに組織変革に携わる者としての大きな挑戦課題があることを、
あらためて痛感しています。

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マインドフルコーチングとは何か(7)されたくない質問

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されたくない質問が、
いちばん「されるべき質問」。
ときには、そんなことがあります。

コーチが自分に対する評価を気にしたり、
相手(クライアント)に遠慮してしまうと、
この大事な質問に気づかないか、素通りしてしまいます。

昔、私が電話越しにある住宅メーカーの役員を怒らせたのは、
「○○さん、ほんとうに人を育てる気がありますか?」
という質問でした。

その質問を境に、彼は育成にコミットしはじめました。
しばらくは「それがコーチの質問か」と怒っていましたが・・・。

しかしその質問は、
それまで数回のコーチングを通して、彼と私が
表向きは険悪な空気になりながらも、
それすら包む信頼関係ができていたらかだと思います。

先日は社内コーチのトレーニングで、
受講者同士のセッションにおいて同じようなことを感じました。

相手の、されたくない質問が「されるべき質問」であるとき、
コーチに求められるのは単なる勇気、ではありません。
それに職業意識、責任感が伴っても、
まだ十分とは言えません。

決定的に重要になるのは、
その「されたくない質問」を共に抱きしめる関係性です。

それがあれば、「されたくない質問」は、
いちばん「されるべき質問」として、
今この瞬間に、(マインドフルに!)立ち現れてくるはず。

そのとき、受講者の一人が、べつの受講者にした
「されたくない質問」を、
もしも質問をした人よりずっとコーチングの経験がある
私がしても、
それは「されるべき質問」にはならなかったと思います。
耳を閉ざされ、拒絶されていたことでしょう。

なぜなら、質問を受ける相手との関係性が、
実際に質問を投げかけた人との関係性のようには
育まれていませんでしたから。

私と同じようなことを感じて、
似たような質問が浮かんだけれど、それを躊躇した
と話してくれた受講者もいました。

コーチングは関係性である、
という国際コーチ連盟の定義の深さが身にしみます。

何を聞くか、それを、誰が聞くか。

聞くことのできる「誰か」に、どうやって常になっていくか。

いちばんされたくない質問をされた人が、
最後に語ってくれました。

コーチングって、気持悪くなるくらい深いなあ・・・。

社会を動かすフォロワーシップ

久しぶりにシンガポールに出張した先週、
これからの時代のリーダーシップを考える良い機会になりました。

Wisdom2.0 asia Leadership in Business and Society

という国際会議に参加したのですが、
これは毎年2月にサンフランシスコで開かれている
「デジタル世代がより良い次の世界の在り方を探る国際会議」のアジア版でした。

内容については、ハフィントンポストにも書いたので、
ここではシンガポール、リーダーシップ、そしてフォロワーシップ・・・
という切り口で掘り下げてみたいと思います。

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それというのも、シンガポールという都市国家ほど、
属人的リーダーシップによる発展が、
分かりやすい構図で説明できる国はないと思うからです。

今年3月に亡くなった建国の父、リー・クアンユー。
彼はアジア人の特徴を
「賢人に従い、集団の利益のために規律正しく行動する」
ところにあると考えました。

個人が自己主張しあうなかで社会を構成していくような、
欧米型のプロセスは同国の発展に寄与しない、としたのです。

もちろん他にも、よく知られた管理統制方式を選んだ理由は
あるでしょう。

小国である、資源がない、多用な民族がまざる移民国家であること、など。

シンガポールの発展をみると、
ほんとうに国民が良い意味で従順に、リーダー(一部の官僚を含む)の理念と
実行能力を信じ、まさにフォローしてきたのだと感じます。

内心いろいろ思うことがあるのは人間ならば当然ですが、
国の発展という結果をみれば、
ここにあるのはポジティブな意味での「従属的なフォロワーシップ」だと
私は思います。

「アジア人の集団主義」という意味では、
日本にも通じるものがあると言えるでしょう。
それは戦後の高度経済成長が、霞ヶ関主導で成し遂げられてきたことからも
わかります。

ただ一方で、モノづくりの現場におけるボトムアップの取り組みのように、
指導者層に働きかける協働的フォロワーシップが、
日本を支えてきたことも明らかです。

そこでは一定の秩序、集団的な規律が重んじられているのと同時に、
労使、エスタブリッシュメントと一般層、
ホワイトカラーとブルーカラーの、
フラットな関係性から芽生えてくる叡智があったと思うのです。

特定のすごいリーダーが、社会(会社)を導いた・・・
という物語は、もちろん日本にも当てはめることができます。

しかしかつてNHKで人気を集めたプロジェクトXのように、
名もなき現場の血と汗と涙が、日本の社会と会社には
色濃く反映されてきたのではないでしょうか。

そこには欧米型の個人主義社会の上にたつリーダーシップでもなく、
リー・クアンユーが成功させた集団主義を前提にする
エリート主導のリーダーシップでもない、
日本独自のリーダーシップ、そして、それを支える
フォロワーシップが息づいてきたと思います。

「これからの時代の叡智」としてのリーダーシップを探る
Wisdom2.0 asia という場で、

だからこそフォロワーシップを問い直してみたいと思ったのでした。

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マインドフルコーチングとは何か(5)~身体で話を聴く~

人の話を聴くときって、どこで聴いているのでしょう?

いちばん常識的な答え方は「耳」かもしれませんが、
ではどこからどこまでが「耳」?

部位としての「耳」は顔の両側についているけれど、
実際の機能は脳にあるわけで。

では、その脳を含む「耳」だけが聴いているの?

4月29日「マインドフルコーチングの実践」の講師であるダニエルと
スカイプミーティングをしているとき、
彼が興味深い経験を話してくれました。

あるクライアントとのセッションで、
相手の複雑な問題について
聴いている最中、
とても入り組んだ話の本質を身体で感じた、
と言うのです。

「このとき、もしも頭で理解しようとしたら、
クライアント自身も混乱した状態で出てくる言葉に
こちらもふりまわされたに違いないよ」

人間は頭で理解するまえに、
相手の意図を身体的につかんでいることを
示す研究報告は、たくさんあります。
「何か悪巧みをしているんじゃないか・・・」
といったことを、
軽い胸騒ぎから察知する、といったように。

また大きな災害の前日などに、
体調が悪いわけでもないのに心拍数が高くなるなど、
「身体が気づいている」ことを示す研究もあります。

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これらはオカルトとかサイキックの話ではなく、
科学が解き明かしつつあるソマティック(心身相関的)
なテーマなのです。

そして、これは注意深さや自己認識に深く関係する
マインドフルネスと、完全に重なり合うテーマでもあります。

弊社のコーチング講座
『コアコンピテンシーキャンプ』で受講生の演習を観察していると、
クライアント役の話を聴きながら、
次第に眉間にしわを寄せ始める人がいます。
いかにも表情筋が固まりはじめる人もいます。
そのあとに出てくるのは、無理やりひねり出した質問。
それは、質問を゛つくった〝本人にも、された人にも、
不自然で、おおよそワークしない質問です。

ほんとうは身体全部がコーチのリソースなのに、
首から上だけでコーチングしようとすると、
こういうことになってしまう。

これを、まさに頭で理解しようとするよりも、
実際に試してみることが大事だと思います。
感情というものも、
脳神経科学的には身体反応であるという見方ができます。

身体を感じるセンサーを磨く。

それによって、相手を受けとめる能力、
場をホールドする能力、
ひいては社会的なスキル
――(エモーショナルインテリジェンスでいう
ソーシャルスキル、またはリーダーシップ)――)
などなどにつながっていくのです。

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4月29日(水)13:30-16:30
『マインドフルコーチングの実践』
~ダニエル・シャールトン・ギトー博士を迎えて~

ホスト:吉田 典生
通訳 :木蔵シャフェ君子

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