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コーチングとコンサルティングの違い、そして融合

コーチングはコンサルティングとどう違うのですか?

この仕事を始めた13年前くらいは、よくそんな質問をされたものです。さすがにさいきんは、「○○社には、まだコーチングじゃなくてコンサルが必要じゃないかなあ・・・」みたいな表現が、一般企業の経営者や役員の方からも聞こえてくるようになりました。

昨日の記事でもふれたICF(国際コーチ連盟)は、コンサルティングを含む類似領域の対人・組織支援業務とコーチングの違いを定義しています。

メンタリングやセラピーなどに比べてコンサルティングの概念は幅広いのですが、「コンサルタント」と名乗る場合、その前につく○○・・・の専門家であること。これが前提と考えられます。

たとえば人事コンサルタント、財務コンサルタント、資産活用コンサルタントなどなど。

そしてクライアントの課題を診断し、適切な処方箋を書き、場合によっては実行主体となったり実行の手助けをする。

それに対して「コーチ」は、クライアント自身が自らのキャリアを生きる上での専門家である、という立場です。そしてテーマが仕事であれ私生活であれ、本人が自ら気づき、深い洞察のもとで適切な行動を起こし、望む変化や成果を導くことをサポートします。
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ただしコーチが特定分野の専門家である場合、コンサルティングを主軸にしながら効果的にコーチングのアプローチを取る、ということもあります。
むしろ、こうしていったんは区別化してそれぞれのプロフェっションを明らかにした上で、それをいかに融合させていくかが、クライアントへの貢献度を高める鍵になるのではないでしょうか。

私自身も仕事の半分くらいはコンサルティングをしていて、コンサルのなかにコーチングが入ってきたり、コーチとして関わっている相手に必要な場面でコンサルを入れたりと、仕事はほぼ融合されています。

それでも区別化は大切です。

専門ではない領域で処方箋を書こうとしたらどうなるか。十分な訓練を積んでいないのに相手の可能性に働きかけて何ができるか。

それを想像してください。そこには、いろいろな危険が潜んでいるはずです。

これは私の専門領域ではない、と正しく判別すること。そして仕事(になりそうなこと)を手放し、できるかぎり相手にふさわしい専門家や組織を紹介できること。

その能力とネットワークは、コーチにとってもコンサルタントにとっても重要なものとなります。

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「コーチングのプロ」認定の意味とは

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今年から当社で国際コーチ連盟(ICF=International Coach Federation)の承認プログラムとして、コーチ認定と認定更新のためのプログラムをスタートします。

いわゆるビジネスコーチやパーソナルコーチなどと呼ばれるコーチ職の認定は、ライセンス(国家資格)ではなく民間の認定(Credentialed)です。

この民間認定にも二種類あって、一つはコーチングのプログラムを実施する一般企業が発行するもの。もう一つは、こうした民間組織を束ねる公益性の高い組織が認定するものです。

ICFは後者にあたり、そのなかでも世界百カ国以上に二万人を超える会員、五大陸にまたがる56カ国に支部をもつ業界最大の非営利組織です。

ICFは世界の主要な(規模、実績、内容において)コーチ育成プログラムを開発・実施する企業(コーチ養成機関)のプログラムを、高い基準に沿って審査・承認しています。
そして各承認プログラムを受講する人が、それぞれの受講先での修了認定を経て、ICFの審査にパスすると正式な認定コーチとなります。

プログラムを実施する企業が自動車の運転免許をとるためのドライビングスクールで、ICFが運転免許試験場のような位置づけです。

さて、世界全体でみたときのICFのプレゼンスは、その実績と規模を反映して相当なものがあります。

特に米国や欧州の公的組織や有力企業では、コーチング導入の際のコーチ選択の条件として、ICFの認定保有者であることが定められているケースが珍しくありません。
一方、日本ではICFの存在も認定の意義も、十分に認知されていないのが実情です。

また、コーチ自身の意識にも世界との違いが明確です。
2012年にICFが他のコーチングに関する非営利団体とも連携し、PWC(プライスウォーターハウス・クーパース)社に委託したグローバルコーチングスタディという広範囲な調査報告があります。

それによると欧米のコーチには「コーチングは組織的に定義され、それにもとづいてコーチングの職務に就ける者を規定するべき」と考える人が多いのです。ところが日本では、相対的にそうした意見を持つ人は少ないという結果が出ています。

私は個人的には、必ずしも認定が不可欠とは思っていません。ただそれは「認定保有者でなくても優秀なコーチは優秀」ということで、こうした仕組みが無意味ということではありません。

コーチングが真のプロフェッショナル職として定義され、より広く社会で効果的に活用される構造をつくるためには、この仕事を通じて対価を得る者の〝品質保証〟が必要だと思います。

つまり、「認定をもたない最高レベルのコーチ」はいるけれど、「認定をもたない最悪のコーチはいない」、「認定保有者であることは、コーチングを依頼する際の、信頼に足る選択基準の一つとなる」――そんな環境をつくる必要があると思うのです。

偉くなる前にコーチをつける

もしも大阪の橋下市長にコーチがいたら・・・そんなフレーズが脳裏をよぎりました。

アンチ橋下派の人々は、かねてから彼の人格やら思想やらを批判してきました。
でもそれとは別に、人間だれでも「偉くなりすぎる」と、判断の質が低下するリスクが高まると思うのです。

ここで言う「偉い」とは、ただ市長だとか社長だとかではなく、自分の一声が世の中を動かし、圧倒的多数の人々が自分の一挙手一投足に注目する・・・そんな人物になった、という意味です。

自分が世の中にすごい影響力を及ぼしている・・・それを日々実感していたら、「偉く」なった気がするのが人間では。

それは政治家、経営者、アーティスト、どんな立場かに関係なく起き得ることでしょう。

かつて、「伝説のホテルマン」と呼ばれた前ザ・ウィンザー・エンタープライズの窪山哲雄社長にお会いしたときのこと。
それは、あのザ・ウィンザーホテル洞爺リゾート&スパがオープン目前の頃でした。

窪山さんはリーダー論のなかで、「経営にもオンブズマン制度が必要」と強調されていました。
オンブズマン制度とは、行政の執行を市民が監視し、何かあれば異議申し立てをしたり、それに行政が対応する制度。

それになぞらえた言葉でした。
経営者は実績を上げて偉くなると、周囲の人々が厳しいことを言えなくなる。だから偉くなる前に、そういう仕組みをつくっておくことが大事なのだと。

ボクはオンブズマンとコーチを置き換えて、エグゼクティブコーチングを始めるタイミングを考えてみました。

日本のリーダーと呼ばれる立場にある人の多くは、部下に学べとは言うけれど、自分が学ぶことには腰が重い・・・もちろん例外のすばらしい人もたくさんいますけど、全体としてみれば前者が多い印象をもっています。

それは何も日本に限ったことではないかもしれませんが、だからこそ、どんなに「偉く」なっても、横の関係でパートナーシップが機能する相手を、早くみつけておくほうがいいと思います。

もちろん社外役員や監査役など、広く認知されている仕組みや役割も大切です。しかしそういう役割を担う人々と深くかかわるようになる頃には、すでにかなり「偉く」なっていることが多いのでは。
そうすると、ほんらいそうした仕組みに期待されることが、不十分になりやすいでしょう。時の総理のやりたいことを理屈づけするだけの諮問委員会・・・みたく。

あの、どうみても救いようのない橋下市長の発言。ボクはほんらい、もっと彼は優れた仕事ができる人だと今でも思っています。けれどイエスマンと敵しかいないような関係性が、その能力をスポイルしている気がします。

ずっと以前にうかがった窪山さんの話は、なぜかとても印象に残っていて、こういうことがあるたびに記憶の倉庫から飛び出してくるのです。

緊急ではないけど重要なことを話し合う場

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E-bookの書き下ろし第2弾として、『「緊急ではないけど重要なこと」を決める会議の技術』をリリースしました。

副題が、< 「笑う」会議″ワールドカフェ〝の実践マニュアル >となっているのですが、文字どおり「ワールドカフェ」に焦点を絞り、職場の対話を促進したいビジネスパーソンに向けた本です。

本稿の冒頭でふれているのですが、打合せや会議が「つまらない」と思うビジネスパーソンは、7割を超えるそう。また、「自分の部署の会議や打合せが、効率的に進められていない」と思う人は65%.

そんな会議に費やす時間は、一般的に役職が上がるほど多くなります。

調査によって幅はありますが、中間管理職以上になると仕事に占める会議の割合は、40%~80%。

もしも組織の重要な意思決定に携わる人たちの仕事の80%が会議で、実は内心その会議が「べつになくてもいいんじゃないか?」と思うほど、意味の薄いものだとしたら・・・。

その半面、組織コミュニケーションの変革や改善をお手伝いしている立場からみると、ほんとうに話し合うべき大事なテーマが置き去りにされていることも多々あります。
けっして外部の者が評論家モードで言っていることではありません。指摘すると、「確かにそうなんですが・・・」という前置きのあとで、さまざまな「大事な対話ができない理由」を挙げる人が多いのです。

特に、「緊急」ではないけど、将来のことを考えれば間違いなく「重要」なこと。そんなテーマは、緊急ではないがゆえに後回しにされる傾向が顕著です。
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緊急ではないけど重要なこと・・・は、重要だとは感じていても、たぶんリアルではないのでしょう。それに対して緊急度の高いことは、当然「すぐ、やらねば!」のリアリティがあります。

ここに、みんなで緊急ではないけど重要なこと・・・に目を向けるヒントがあります。みんなが関心をもちやすい緊急度の高いことの中で、いくら緊急対応をしても繰り返し同じ問題が起きていないかチェックします。

もしも該当する問題があれば、そこにはじっくり対処しなければならない構造的な問題が潜んでいるはずです。じっくり対処するためには、じっくり考える機会が必要です。じっくり考えるためには、じっくり対話する場が必要です。それも多様な視点から。

こうやって日常で誰もが気になっている、言わば腹痛や歯痛みたいな「すぐにどうにかしたい問題」と、「ずっと健康でいるためには」といった、大事だけどアクションを起こしにくいテーマをつなげていきます。

この本で取り上げた「ワールドカフェ」は、「緊急ではないけど重要なこと」を話し合う手法としては、とっつきやすくてお勧めです。職場に良質な対話風土を形成していく上で、とてもよい〝アプリ″なると思います。

ただしそのためには、〝使用上の注意″があります。経験にもとづいて、「企業が求める成果につなげていくための手法」としてのワールドカフェを取り上げました。スマホ片手に対話の段取りを確認しながら、ワールドカフェを試していただくための実践マニュアルです。
ぜひ、みなさん読んでみてください。

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マインドフルネスな雨

あまりにも充実した時間で、写真一枚撮ることも忘れて
Best bounus online casinos参加してくれたメンバーたちと一緒に、「その時」に没頭していました。

先週の土曜日、辻堂海浜公園で開催した「ビジネスパーソンのためのマインドフルネス実践会パート2」。

マインドフルネスとは、ただそこにいること。身も心も今この瞬間に、ちゃんといること。
これが簡単なようで、なかなか難しいのです。
2、3秒後には雑念が湧いてきて、それを自覚したら否定せずに受けとめて、また意識を呼吸にもどす。

われわれ以外は誰もいない雨の公園。屋根とベンチのある休憩スペースが、フリーのワークショップ会場に。
聞こえてくるのは、騒々しい初夏の賑わいではなく、静かな雨の音。そして肌を横切る風の音。

午後の少し肌寒い3時間のなかに、ほんとうに濃密な気づきがありました。

なんだ、この日だけ雨になりそうじゃないか、まったく、まいったなあ・・・。せっかく満員御礼になったのに。
先週の水曜日から金曜日あたりは、そう思っていました。
この様子では、参加者も減るなあ。
いや、雨天決行と言ってしまうと、みんなに無理をさせてしまうのでは・・・。

あとでふりかえると、これらすべては、自分の思考と判断。雨に対する勝手な意味づけ。
ふつう人はこういうとき・・・という固定観念。

一緒に企画してくれた自由人(笑)のほっし~が公園のベンチに寝転んでボクの到着を待っている姿を見たとき、
不必要な思考のスイッチがオフになったような気がしました。

続々と集まってくる参加者。きょう、ここで起きるべきことが、ただ起きるだけ。
そんな信頼が場を包むのに時間はかかりませんでした。

「晴れてたら、すごい人の数だっただろうね」
「そしたら、どんな場になってたんだろう」

途中から全員が、このマインドフルネスな雨の日に浸りきっていました。

「今ここ」を丸ごと受け入れる。

きっと人生のどの場面においても通じる、その意味をかみしめた週末でした。

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