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つながる力とネガティブケイパビリティ

これは米国のリベラル派の人たちのブログ(青)と保守派の人たちとのブログ(赤)が、それぞれどのようにリンクされているかを示したものです。

下記の本に紹介されているもので、著者は人々のつながり(社会的ネットワーク)が健康に及ぼす影響についての研究で知られるニコラス・A・クリスタキス氏(医学博士。ハーバード大学医療社会学教授)ら。

リベラル派から保守派へのリンクはオレンジ、保守派からリベラル派へのリンクは紫で示されているのですが、わかりにくい(!)。そもそもリンクはリベラル派同士、保守派同士で埋め尽くされているからです。その意味では、政治思想と人々のつながりの関係が、とてもわかりやすいと言えます。

トランプ大統領の登場によって米国内の分断が進んでいるかの報道が目立ちますが、これを見ると、もともと分断されていると解釈することもできそうです。

このことが、ゴールデンウィークに読んだべつの本『ネガティブケイパビリティ 答えの出ない事態に耐える力』(帚木蓬生著 朝日選書)と、私のなかで化学反応を起こしました。

ネガティブケイパビリティとは、不確実なこと、曖昧な問題などを安易に解釈して“スッキリ”しようとせず、「わからないこと」や「どうしようもないこと」をそのまま受容する能力。人は直面することを意味づけして、物事や状況、他者などを理解(解釈)することで、”スッキリ”しようとする習性がある・・・と著者は述べています。政治の世界に広がるポピュリズムも、ビジネスに横行するマニュアルやハウツーを求める傾向も、たしかにそう考えると納得がいきませんか。

そこで冒頭のブログにもどります。青のつながりと赤のつながりは、スッキリわかりあえる気持ちの良いつながりなわけですね。異論をもつ相手は理解しづらい。でも実際に議論を交わせば、それなりに相手の言うことにも道理がありそうな気がする。だからといって自説を曲げたくはないし、こちらにだって正当な理由はいくつもある(と思っている)。違う色の人とつながっていると、いつもモヤモヤすることになってしまいます。

そういうのは不快だから、結論を導き出しやすい材料を適当にくっつけて相手にNGを突き付けます。こうして繋がりを断てば、”スッキリ”するわけですね。その結果、複雑で変動の激しい時代に不可欠な洞察、それを促す多様な視点が失われます。

関係性を大切にしよう、多様性を活かそうと、組織開発やコミュニティ開発の現場では唱えられています。しかしそれは簡単なことではないし、微妙な対立が同志と思われるような人々の間でも起きてきたりします。そこで必要なのは、解決できないということを受け入れる姿勢。わかり合えない人を否定するのではなく、わかり合えない状況をあるがままにホールドする能力。

そして、モヤモヤした関係のまま向き合い、できることをつづけていく。そうすることで時間が状況を変えていくこともあるでしょう。想定していなかった変数が、複雑なシステムに影響を及ぼし始めることもあるでしょう。他者を理解してうまくやっていくことは、誰とでも気持よく付き合えるようになることではない・・・。そう考えたほうが、地に足をつけて先に進めるような気がします。「わからない」「理解に苦しむ」という物事や他者への実感を、包容したまま今この瞬間に立つということ。

そうとらえると、まだ人間のなかに眠っている叡智の可能性が、少し見えてくるような気がします。ほんとにそうかなあと、モヤモヤしながらそう感じているわけですが。

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芽を伸ばすための360度コーチング

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マネジメント行動についての自己評価が下がり、他者(上司や部下)の評価が上がった事例を、過日の当ブログに書きました。で、他の2名は・・・というところで話を終えたので、今回はそれについて書きます。

「意識的に実践しているつもりだ」という本人の認識は、コーチングで主な課題にした項目の大半でポジティブな有意差をもたらしました。簡単に言えば、本人の「できている(やっている)」という認識が、プロジェクト前に比べて上がっていたのです。ただ、上司や部下の評価がそれに伴って同じように上がっているわけではありませんでした。コーチングにおいて特にフォーカスを当てたいくつかの部分について、上司は加点していたけれど部下はそうでもありませんでした。他の多くの項目については、上司の評価も部下の評価も事前調査と大きな変化は出ていませんでした。

前のブログで紹介した2名が「意識的にやりはじめたら“できない”ほうに自己認識が向いた」のに対し、他のふたりは「意識的にやりはじめたこと自体が、以前より”できている”という自己認識につながった」わけです。前者ふたりは、当初の自己認識が他者評価に比べて高く、後者ふたりは他者評価に比べて低い傾向にありました。それぞれが適正な自己像に近づいたことは、事前と事後の自他評価の比較から明らかになりました。

しかし心情的な話をするなら、実践努力が上司や部下の目に十分届いていないのは気の毒・・・。プロジェクト報告のためにデータを丹念に読み返しながら、正直そんな思いを抱きました。半年間をともにしてきた私の感覚では、「もっと部下に届いているはずだ」という期待感があったので。

客観的な(ある意味では冷徹な)フィードバックをしなければならないけれど、結果に現れてこなかったことに潜んでいる価値も本人や上司に伝えたい。そう思って臨んだ3者面談では、むしろ現役トップマネジメントチームたる上司陣が、結果に現れてこなかったことを十分にくみ取ってくれていることがわかりました。部下からは事前調査にもあった辛辣なコメントなども一部には残っていたのですが、それらも含めてニュートラルに次世代経営者候補たちを観る目がありました。

いわゆる「360度評価」は”評価”と表現してしまった時点で、たとえバイアスを避けられないと頭では理解していても、一つの評価として伝わってしまいます。しかし私たちはこの次世代リーダー育成プロジェクトを通して、可能性を開花させるための課題を探り、行動を通してマネジメントスキルを開発するための「360度情報」であることを周知徹底してきました。

「まだ、あいつらには見えていないんだな」・・・そんな言葉が、面談の途中で何度もトップから発せられました。森をみているトップの視野には入っているけれど、特定の木に目が向いている現場には上司の変化や、変化しようとする努力が伝わっていかない。それはもう少し時間を要することなのだということが見えてきました。さらに、「もっと伝わるように行動することの必要性」も浮き彫りになってきました。どちらにせよ非常に有り難かったのは、土のなかで起きている変化をトップマネジメントチームが承認し、結果に表れていない結果を肯定的にとらえて話をしてくれたことでした。

一連の取り組みを通して、なぜ多くの企業において「360度評価」がうまく活用できずにいるのかも、あらためて理解できたように思います。そして評価や判断を保留して開かれた360度の情報としてとらえれば、同じような労力もシステムも、まったく異なるパワーを持つことが実感できました。

自己認識が高まると自己評価が下がる?

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クライアント企業の次世代幹部育成プロジェクトに半年間取り組みました。

コーチングした4名のうち2名に共通していたのが、
主要な開発課題の多くで自己評価が下がっていたこと。
その一方で、同じ項目について現経営陣と部下からの評価は上昇していました。

その結果、コーチングに着手するまえの事前調査で開きの大きかった自他の認識が、
事後調査ではほぼ一致してきたのです。

採点に現れない定性的なコメントを拾っていくと、
望ましい変化を示唆する部下や同僚のコメントが現れていました。

意識していなかった行動に意識的に取り組むことで、
その2名に起きたのは「うまくできない」という実感でした。
たとえば真の傾聴、ひとつをとっても。

しかし本人たちの実践に対峙している部下は、
上司の変化を実感していたのです。

私たちが主催しているSIYセミナーで、
猫が見つめている鏡のなかにライオンが映っているスライドがあります。
自己認識の歪みを示す私の好きなスライドですが、
今回のプロジェクトの結果をみて真っ先にそれが思い浮かんだのです。

等身大で自己をとらえることができるようになれば、
多様な部下の反応が良きフィードバックになってくるでしょう。
「私は話を十分に聴いている」と思っていたら口を挟んでしまうけど、
「まだ十分に聴けていない」と思ったら、さらに耳を傾けようとする・・・というように。

2名の半年後が、どんな様子かが楽しみになってきました。

残り2名については、また次の機会に。

やる気の源にアクセスする、たったひとつの問い

先日、出張先の職場にインターン生が来ていて、ランチを一緒にしながら就活の”自己分析”の話になりました。

「たいへんですぅ~」という彼女に、「そんなの、できっこないよ」「ここにいる大人だってわかってないんだから」と、本音で返す私。未だにそんなこと、やらせてんだねえ・・・と嘆いてみたものの、厳しい就活戦線を控えた彼女にしてみれば、切実な問題です。

私が昔、就職情報誌の編集記者をしていた頃には、自己分析という苦しい作業の手助けになればと策を弄していたものでした。そして記事を書いている自分も苦しくなってくるという矛盾・・・。

あの当時よりは視野が広がった今なら言えることは、頭で考えてもやっぱり分からない、ということ。ごめんね、かえって苦しませてしまった昔の読者のみなさん。ただし、それは顕在意識を働かせている状態では行き詰まる、という意味です。

考えるスイッチをオフにして、無意識領域に眠っている情報にアクセスすれば、ヒントが浮かんできます。そんなことどうやってするの? そこで”問い”が役に立つのです。

考えるなと言っても人間は考えてしまうものだから、無理なことは言いません。マインドフルネスでしょ?と言うツッコミが聞こえてきますが、それもいったん保留しておきましょう。私が10年くらいずっと、動機の源を探るワークで使っている問い。それは、

時間が経つのも忘れて熱中できることは何?

という問いです。

挙げられるかぎり思いつくことをリストアップしていきます。本当に好きなことには身体が勝手に動き出す。頭じゃない。好きこそものの上手なれで、そこには自分を輝かせるヒントがある。

なんて言ったり書いたりすると、マージャン、競馬、酒・・・とか挙がってきたらどうすんの?と聞かれます。ご心配無用、挙がってきます。

そこで私がとっても好きな、ジョージ・ルーカスの「幸せ」についての話を紹介します。

彼は幸せには2種類あると言っています。ひとつはPleasureで、もうひとつはJoyです。

マージャンや競馬や酒、あるいはブランド品の購入、贅沢三昧の暮らしなどはPleasureです。中毒性が高く、追いかけると際限がありません。私の場合で言うと、かつて初めてドイツ製高級車を買ったときはめちゃめちゃうれしかったけど、新車を引き取りに行ったディーラーで、隣に並んでいたもっと高価なスポーツカーに色目を使っていたものです。次はこれ欲しいな・・・と、欲望の塊なバブル世代。そして一か月もすると、ワクワクなんてどっかへ飛んでいってしまうのです。

JoyはPleasureのように刺激的ではなく、じんわり、ほのぼの、ひっそり、しみじみ、という感じ。たとえばコーチングという仕事をしていて、クライアントが難題を切り抜ける突破口を見つけたときの喜びは、何度味わっても飽きることがありません。ドイツ製高級車を買ったときのような瞬間風速70メートル的なものではなく、大地を撫で続けるそよ風のようなもの。

あなたのPleasure体験は何で、Joy体験は何なのか。それを棚卸していきます。たくさん挙げていくと、はっきりわかってくることがあります。Pleasureは「自分が得る」というベクトルが強く出ていて、Joyは「自分を捧げる」というベクトル。どんなに大変でも子育てに幸せを感じるというのは、まさにJoyの真髄でしょう。子どもをクルマのなかに寝かせたままパチンコに熱中するのは、利己的Pleasureそのものですね。

時間が経つのも忘れて熱中できることは何?

Joyの経験を思い出してみること。就活に挑む学生もさることながら、迎え入れる大人たちにこそ大切なことではないでしょうか。

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9月2日に「OS21」というプログラムとマインドフルネスを融合させたコラボレーションのセミナーを開催します。
【マインドフルネス×OS21 ~ セルフリーダーシップを磨く~】

OSはコンピュータの基本ソフト(Operating System)からとったもので、人が生涯で学ぶさまざまな要素の基盤となる大事な柱を体系化したもの。MOTIVATION(動機の源)、DIVERSITY(多様性)、COGNITION(認知)、DIALOGUE(対話)、REFLECTION(リフレクション)、そして他者に向けてこれらのOSを育むNURTURE(育成)―― から構成されています。

ここでルーカスの言葉も引き合いに出しながら書いたこととも、とっても重なり合ってくる内容です。何を学ぶかを決めるまえに、学びの在り方そのものを鍛え上げていく。私はこのコンセプトにとても共感しています。ぜひ、皆さんご参加ください。

os21

リーダーはストーリーを語れ

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もしも安部晋三ではなくバラク・オバマであったなら、相模原での惨劇をどのように語っただろう。人の尊厳、生きることの意味、多様であることの価値、人の強さとは、人の弱さとは。

おそらく彼なら、1人の人間として、もちろんリーダーとして、その思いや目指すものを、今ここで感じている痛みを隠すことなく語りかけたと思う。

救いようのないニュースにすさんだ人々がリーダーから聞きたいことは、どうせ実務担当者が担うことになる施策ではない。底なしの悲しみを乗り越えていくための覚悟や、理想を語る勇気ではないか。

自分はこんなことが起きてしまう国を背負っているのだという、どうしようもない切迫感を人々は目に焼き付けるのだ。

それが示せないなら、語れないのなら、リーダーではないし、そんなリーダーなどいらない。

「多数の方がお亡くなりになり、重軽傷を負われた。心からご冥福、お見舞い申し上げる。真相解明をしていかないとならない。政府としても全力を挙げていきたい」

私はこれをリーダーの言葉とは認めない。そこに自身の怒りも苦悩も悲しみも、勇気も理想も決意も感じられないからだ。

今ここで起きていることとしっかりつながって、深くつながった状態で深いところから現れてくるメッセージだけを伝える。

それで世界は動いてきた。ビジネスだって同じだ。

リーダーから絞り出されるストーリーは、全員をリーダーにする。それぞれの立場で、それぞれの領域で。

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2016年11月開講
マインドフルコーチング~Mindfulness Based Coach Camp~基礎コース
第2期受講生、受付中

2016年8月27日
ビジネスシーンにおけるマインドフルネス最前線を企業のリーダーが語る
< マインドフルリーダーシップ・シンポジウム2016 >

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