誰が組織のリーダーにふさわしいのか。次のリーダー候補についての評価が、現在のリーダーと多数のフォロワー(次のリーダーもこの中から発掘される)では、大きく異なる可能性があります。そして現場のフォロワーたちの評価のほうが、現在のリーダーの評価よりも正しい可能性が(結構)ある・・・。そんな研究が報告されています(論文はこちらHBR.ORG:To Be a Good Leader,Start By Being a Good Follower,August06,2018)

エリート養成プログラムに参加したイギリス海兵隊の男性新兵218人を対象にした追跡調査によると、「自分はリーダーらしい行動をした」と自己評価した新兵は、同僚にはそう思われなかったそうです。一方で、「自分はフォロワーらしい行動をした」と自己評価した新兵のほうが、同僚たちから「リーダーにふさわしい」と評価されたそうです。

ここでいうリーダーらしさの判断基準は、論文によると「統率力」が主軸となっているようです。またフォロワーらしさの判断基準は、「自分が思い通りにすることよりも、任務の完遂に関心がある」こと。リーダーシップ(フォロワーシップ)をどうとらえるかで評価は変わってくるでしょうが、いずれにせよ自分のことを「天性のリーダー」的に自認している人は、同僚たちにはそうは思われていないというのが実に興味深いところです。逆にフォロワーとして、今目の前にある役割を遂行することに尽力しようとする者のほうに、仲間はリーダーとしての適性を感じているようです。

でも、もっと考えさせられるのは、このエリート養成を担う指揮官の評価です。自分にリーダー適性があると思っている新兵は、フォロワーを自認する新兵よりも指揮官にはリーダーシップの潜在能力を評価されたというのです。そして意思決定権をもつ現リーダー層の決定に基づいて選ばれた次のリーダーは、いざ現場を指揮する段になると機能しない・・・なぜに?

たしかに私が知るかぎりにおいて、企業でも珍しくはありません。リーダーシップが機能しているということは、フォロワーの活躍があって初めて認められます。そうなると、自らのフォロワーとしての働きを通しての同僚からの信任は、リーダーシップの十分条件ではないけれど、必要条件とは言えるのではないでしょうか。

ピラミッド組織において、文字通り一段高いところから兵隊たちを観ている人と、同じ現場で汗を流している人々とでは、リーダーにふさわしいと映る人物が大きく異なる可能性があるようです。現場から離れた位置からの評価は、通念的な「リーダーっぽさ」が大きく判断を左右する要素になる、と研究者たちは推察しています。たとえば、いつもハキハキしている、自分の意見を積極的に述べる、挑戦的である、といった”わかりやすさ”=リーダー適性が高い、といった具合。

次のリーダーを選ぶ際、次のことが懸念材料になると研究者らは指摘しています。

< リーダー選出時に民主的なプロセスを避ける組織では、リーダー自認者(自らをリーダーらしいと考え、昇進の決定権を持つ者にもリーダーらしいと思われている社員)のほうが、フォロワー自認者よりも、リーダーの地位に指名される可能性が高くなるかもしれない(中略)」

たとえ現在のリーダーが、指示統制的な旧来型のリーダー像ではなくネットワーク社会のリーダー像を描いていたとしても、研究者たちが指摘する上記の問題はついてまわると思います。昇進を決めるような重要な意思決定について、デモクラシーが企業組織に根づいているとは言えないからです。

よりリーダーになるためには、まず良き部下にならなくてはならない。

サーバントリーダーシップを提唱したロバート・グリーンリーフが遺している言葉です。今回の調査とも合致する普遍的なメッセージといえるかもしれません。

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