最後まで攻め続けるべきか、なんと非難されようが時間稼ぎで逃げ切るべきか。

西野監督がモヤモヤしたまま長谷部キャプテンに指示を出したことは、その表情からもコメントからもわかりましたよね。

どちらの判断が正しいか、明確な答えはありません。結果論はあったとしても。組織として怖いのは、正解がないなかで正解を選ぶことではなく、その判断を共有できないことです。

ジーコ監督の「自主性に委ねる」という姿勢のもと方向性が定まらず、チームが崩壊していったのは12年前のドイツ大会。正解のない決断の場面では、ピッチに立つ選手たちの見解も分かれるでしょう。ここでリーダーが責任を背負う覚悟を決めるか否かが、大きな分かれ目だと私は思います。昨日の試合においても、西野監督以外に背負える人はいませんでした。

長谷部がピッチに出た後、もしもセネガルがコロンビアから1点をもぎ取ったら、今ごろ日本はどうなっていたか。それを想像した西野監督の心を想像すると、私はゾッとします。あの瞬間の長谷部に対する指示に、どれほどの勇気と覚悟が必要だったか。

しかし正解のない時代のリーダーに、これこそ必要な能力ではないかと思います。それはモヤモヤしたまま決断する能力。答えを出せない状況に耐える能力をネガティブケイパビリティと言いますが、リーダーには耐えるだけではなく、耐えながら決めていく力が必要です。

西野監督の決断には世界から賛否両論が渦巻いています。そのこと自体、戦術的な意味だけではなく道義的な意味においても、正解がないことを表しています。

ところで正解はないのだけれど・・・。W杯での得点に飢えた当代屈指のストライカーの存在と明確なカウンター攻撃の姿勢を前に、イエローカードを絶対にもらわずに守備をしながら徹底的に攻める。これ、現実的な選択になり得たか。

そう考えると、個人的には西野監督の判断は正解に近い判断だったと思います。