独裁化の過程には、独裁者となる人物が特別視されるような成果があります。

北朝鮮でも金日成の時代には食料の配給体制などが一定の成果を上げ、巧みにオブラートに包まれた恐怖政治が機能していました。

日大アメフト部の内田体制や、内田が従事した篠竹幹夫の独裁も、常勝集団をつくるという成果を上げているからこそ、生成されてきたものだと思います。

ビジネスの世界でも同じで、やはり独裁者となる本人の発案力やトップセールスの力、卓越した知見などが業績を押し上げ、会社の繁栄を築いたからこそ、誰も物を申せない関係性が固定化していきます。

しかしここで問われるのは、それが人や組織の持続的な成長につながるかということ。

短期的に評価を下しやすい「成果」に対し、「成長」には定性的な要素が多く長い時間軸が必要になります。

評価対象の組織や分野、人物によっても評価基準は違ってくるでしょう。たとえば営業マンのA君が大口受注を取り付けたら、ひとつの成果を上げたことになります。しかしA君の成長は「どのようなプロセスをみて」「どのように測るか」などによって違ってきます。

たとえば、ここ数年業績を上げ続けていて注目されている企業があるとします。これは数値面でとらえれば確かなひとつの成果です。しかし一方で、その会社は離職者が多く幹部が育たず、流出した人材が社会においてそれほど高い価値を得ていなかったら。

数字をみて会社は成長しているだろうと主張することもできるけど、それはひとつの要素にすぎませんよね。

大学スポーツの場合、常に選手たちが代替わりしていくという特性があります。だから定点観測で成果をとらえることはできても、彼らが長い目で成長しているかはわかりません。

ある年度の優勝という成果が、組織(チーム)の成長と連動しているかの評価は、成長を観察するベースになる価値観によって変わります。

内田の師匠である篠竹が遺している言葉が印象的です。

学生ほど自分に尽くしてくれる人間はいない。

この言葉に凝縮されている価値観、そこで上げられる成果に伴う成長って何だろう。