久しぶりにシンガポールに出張した先週、これからの時代のリーダーシップを考える良い機会になりました。

Wisdom2.0 asia Leadership in Business and Society

という国際会議に参加したのですが、これは毎年2月にサンフランシスコで開かれている「デジタル世代がより良い次の世界の在り方を探る国際会議」のアジア版でした。

内容については、ハフィントンポストにも書いたので、ここではシンガポール、リーダーシップ、そしてフォロワーシップ・・・という切り口で掘り下げてみたいと思います。

それというのも、シンガポールという都市国家ほど、属人的リーダーシップによる発展が、分かりやすい構図で説明できる国はないと思うからです。

今年3月に亡くなった建国の父、リー・クアンユー。彼はアジア人の特徴を「賢人に従い、集団の利益のために規律正しく行動する」ところにあると考えました。個人が自己主張しあうなかで社会を構成していくような、欧米型のプロセスは同国の発展に寄与しない、としたのです。

もちろん他にも、よく知られた管理統制方式を選んだ理由はあるでしょう。小国である、資源がない、多用な民族がまざる移民国家であること、など。

シンガポールの発展をみると、ほんとうに国民が良い意味で従順に、リーダー(一部の官僚を含む)の理念と実行能力を信じ、まさにフォローしてきたのだと感じます。内心いろいろ思うことがあるのは人間ならば当然ですが、国の発展という結果をみれば、ここにあるのはポジティブな意味での「従属的なフォロワーシップ」だと私は思います。

「アジア人の集団主義」という意味では、日本にも通じるものがあると言えるでしょう。それは戦後の高度経済成長が、霞ヶ関主導で成し遂げられてきたことからもわかります。

ただ一方で、モノづくりの現場におけるボトムアップの取り組みのように、指導者層に働きかける協働的フォロワーシップが、日本を支えてきたことも明らかです。そこでは一定の秩序、集団的な規律が重んじられているのと同時に、労使、エスタブリッシュメントと一般層、ホワイトカラーとブルーカラーの、フラットな関係性から芽生えてくる叡智があったと思うのです。

特定のすごいリーダーが、社会(会社)を導いた・・・という物語は、もちろん日本にも当てはめることができます。

しかしかつてNHKで人気を集めたプロジェクトXのように、名もなき現場の血と汗と涙が、日本の社会と会社には色濃く反映されてきたのではないでしょうか。

そこには欧米型の個人主義社会の上にたつリーダーシップでもなく、リー・クアンユーが成功させた集団主義を前提にするエリート主導のリーダーシップでもない、日本独自のリーダーシップ、そして、それを支えるフォロワーシップが息づいてきたと思います。

「これからの時代の叡智」としてのリーダーシップを探るWisdom2.0 asia という場で、だからこそフォロワーシップを問い直してみたいと思ったのでした。